登山道の荒廃に登山者は何ができるか
~日本山岳遺産サミット特別講演より~
2月15日、一橋講堂(東京都千代田区)で「第10回 日本山岳遺産サミット」が開催されました。そこで行なわれた特別講演の模様をレポートします。
愛甲哲也=語り、大関直樹=構成・文、愛甲哲也、亀井佑矩、大雪山国立公園連絡協議会=写真
※本記事は『山と溪谷』2020年5月号に掲載したものを再構成しました
愛甲哲也=語り、大関直樹=構成・文
愛甲哲也、亀井佑矩、大雪山国立公園連絡協議会=写真
※本記事は『山と溪谷』2020年5月号に
掲載したものを再構成しました
愛甲哲也( あいこう・てつや)
北海道大学農学研究院准教授。自然公園、都市公園の管理のあり方について研究を行ない、特に山岳性自然公園における登山道管理、山岳地におけるし尿対策をテーマとする。
愛甲哲也( あいこう・てつや)
北海道大学農学研究院准教授。自然公園、都市公園の管理のあり方について研究を行ない、特に山岳性自然公園における登山道管理、山岳地におけるし尿対策をテーマとする。
本日は、山岳の環境問題の現状と、その問題の背後にある構造的な課題、またそれをどのように解決するかについてお話をいたします。今回、講演をするにあたり、ヤマケイオンラインで山岳環境保全に関するアンケート調査をいたしました。実際に山岳環境保全活動にどのくらいの方が参加されているか、活動する際の動機や難しさなどについて回答をいただきましたので、後ほど紹介します。
環境保全のためにも登山は必要
そもそも登山は、山岳自然環境に影響を与えるのでしないほうがいいとおっしゃる方がいます。確かに多くの人が一カ所の山岳エリアに集中して入ってしまうと、自然は破壊されて悪影響があります。しかし、大事なのは山に入る人数や加わる圧力(登山者が与えるインパクト)なんです。このインパクトの大きさが、自然が受け入れられる能力(環境収容力)を超えているかどうかで、私たち登山者は対応を変える必要があります。そして、各登山者が自然環境に影響の少ない工夫をすること、入山者を減らすように努力すること、一度にひとつのコースに集中しないように分散することで、インパクトの軽減をかなり図ることができるのです。
私は、山に人が入らないことは逆に問題だと思っています。山がどんな状況にあるのか、自然がどうなっているのかなどがわからなくなるからです。これは非常によくないことなので、環境的なことは気にしながら、みなさんも山に行っていただきたいと思います。
国立公園の土地は誰の所有物か?
山で登山道補修をされている方が活動しているエリアは、国立公園や国定公園、都道府県立公園といった自然公園の区域内であることが多いです。つまり、自然公園法という法律に基づいて設置されている自然保護区内の登山道を整備するのに、一般市民が活動されている。しかし、国立公園は国立なのだから、本来なら国がお金を出して維持管理をすべきだと思いませんか?
しかしながら、日本の場合は歴史的な経緯もあって、もともと個人が持っていた土地だったり、林業や漁業をやっていたりする場所が国立公園に指定されていることが多いのです。だから、人が住む場所や温泉、観光地なども含まざるを得ない。そうすると、土地も全部が国の所有ではないので、登山道整備も行政と市民が協力してやることになります。
日本には、原始的な自然環境が残る場所から、牧畜など人の手が加わることでできた草原のような二次的自然地域まで、多様な自然環境を保護するために34の国立公園があります。そのような国立公園内の土地所有の状況ですが(グラフ1)、国が60.3%、都道府県が12.8%、あとの25.9%は私有地となっています。ただし、これも国立公園によってかなり状況が違います。私が研究フィールドにしている大雪山(だいせつざん)の場合、90%以上は国有地と公有地で、私有地は数パーセントしかありません。どちらかというと北海道は、国有地と公有地の比率が高いアメリカの国立公園のタイプに近いのです。
では、国立公園の国有地はどこの役所が所有しているかというと、大半は環境省ではないんですね。国有林として林野庁が持っています。そこを後から国立公園に指定したので、登山道を整備するときは土地の所有者である林野庁や私有地の地主さんと調整をしなくてはいけない。このような構図は複雑なので、アメリカやニュージーランドのように土地所有も公園管理も同じ機関がやるほうがいいのではともいわれますが、そうではないのが現状です。
事業執行者のいない現状
自然公園は、環境省が公園計画を作り自然保護のためにゾーンを決めて土地の規制をしています。そのゾーンによってどのくらい木を切っていいかなどが細かく決まっているのです。また、登山道や避難小屋、休憩所などを作る場所も公園計画で細かく定められています。公園計画を作るのは環境省ですが、実際に登山道・歩道や避難小屋を作るのは環境省ではないことがほとんど。登山道は、もともとあったものが公園計画に書き込まれることが多いです。避難小屋や山小屋も公園計画で指定する前からあったり、北アルプスや尾瀬(おぜ)、富士山のように間の事業者が作る場合もあります。
そして、国立公園の中に登山道や施設を作る場合は、公園計画に対して「はい、私がやります!」と手を挙げた人が作ることになっています。だから計画があっても、そのような事業者がいないと事業は執行できません。
たとえば、大雪山の公園計画は登山道以外の山麓の遊歩道を含み、57の歩道区間が設けられています。そのうち事業執行されているのは25区間で、北海道と林野庁の森林管理署が行なっています。残りの22区間は、事業執行されていないだけでなく管理者がいない状態になっています。しかし、そういう状況でも、登山者は登山道を利用します。そうすると事業執行者ではないけれども、地元の山岳会などがボランティアで草刈りをしたり、道の整備や避難小屋の補修をしたりします。実は、こういう状況になっているのは大雪山だけではありません。全国の国立公園のどのくらいが事業執行されているかは、正確にはわからないのですが、どこも同じような状態ではないかと思います。
これは大雪山の写真ですが(写真A参照)、登山道が複線化しています。じゃあ事業執行されていると大丈夫かというとそんなことはなくて、ここはある役所が事業執行しているエリアの木道の写真です(写真B参照)。
執行者が維持管理できないので何年も放置されており、木道の上を歩くほうが危険な状態です。こちらは避難小屋ですが(写真C参照)、これもだいぶ傷んできていますね。大雪山の場合は70年代から80年代にかけて北海道庁が避難小屋や登山道を集中的に整備した時期がありました。しかし、その後のメンテナンスは難しくなり老朽化が激しくなっています。これを地元の山岳会が、自分たちでできる範囲の資材を担ぎ上げて細々と補修をしているのです。このような状態で全国から来る登山者を受け入れているのが、残念ながら日本の国立公園の現実です。
アメリカのボランティア活動
少しアメリカのお話をしますと、ニューヨーク州の奥、冬季五輪で有名になったレイクプラシッドにアディロンダック山岳会(ADK)があります。この山岳会は1922年に設立され、常勤スタッフが39人います。彼らはニューヨーク州から240万haという広大なアディロンダック州立公園の管理を委託され、その収益で山岳会を運営しています。
この山岳会が行なうボランティア活動は、年間にのべ1万時間を数え、半日程度から1週間かかるものまで非常に多様なプログラムを用意しているのが特徴です。さらに、登山道整備のマニュアルも自分たちで作り、講習会を開いています。その技術を参加者に覚えてもらい、講習会を終了した人たちをグループのリーダーにして新しい参加者にも教える仕組みを作っているのです。私も実際にボランティア活動に参加し、そこに来ている人たちにアンケートを取ってみました。その結果を大雪山で行なったアンケートと比較したものが、グラフ2です。
回答の中でいちばんおもしろかったのは、なぜ登山道整備に参加したのかと聞いたものでした。大雪山で多いのは「自然環境を守るため」「自然環境について学ぶため」という真面目なものでした。それに対しADKでは、「野外で過ごすため」「リラックスするため」「健康と体力の維持のため」が意外と多かったのです。もちろん「自然環境を守るため」という人もいますが、その一方で自分自身の楽しみやレクリエーションとして登山道整備に参加している。逆にいうと、この山岳会ではそのようなプログラムを用意しているんです。ボランティアに参加すると宿泊施設に無料や割引料金で泊まれ、夜はおいしいご飯を食べてお酒を飲んだり歌を歌って楽しむ。そして翌日は、仲よくなった人たちと「登山道整備に行くぞ!」という感じなんですね。
また、このような活動にどうして参加するのかと聞いたところ、日本もアメリカも「その団体が好きだから」「その山が好きだから」との答えが多く、それほど違いはありませんでした。逆に参加しづらいと思うことはあるかという問い(表1)には、ADKだけの回答ですが、活動歴が長い人だと「家族との時間の兼ね合い」がいちばん多かったです。そういう現状を踏まえて、いろいろな期間のプログラムを用意しているのだと思います。
ボランティアは楽しむことが大切
ヤマケイオンラインで日本の登山者の活動実態を調査していただいたところ(グラフ3)、342人中182人、50%以上の人が何らかの形で登山道整備、野外調査に参加したことがあることがわかりました。ただし、環境保全活動に関心のある登山者による回答なので、この比率は一般登山者よりも高いものと思われます。
活動の動機としては(グラフ4)、「山岳地の環境を守るため」「登山者が快適に登山できるため」が多かったです。これは、自分だけではなくほかの人にも快適に安全に登山をしてほしいという気持ちでやっているからだと思います。あとは、「山に恩返しするため」という回答も目立ちますね。自分がこれまで山に登って、いろいろな恩恵を受けてきたので、それに対して恩返しをしたい気持ちをもっている人が多いこともわかりました。
活動に必要なものとしては(グラフ5)、「行政・管理者の支援」や「現地までの交通手段のサポート」が多いと予想していましたが、実際は「他の登山者の理解や応援」でした。私も経験がありますが、活動中に登山者から「ありがとうございます」や「ご苦労さまです」と声をかけられると、ヤル気が出るんですね。そういうことが大事であると、この結果からもわかります。
そして活動を継続していくためには、ADKもそうでしたが、楽しむことが大切なのだと思います。私は大雪山で登山道補修のイベントを行なっている大雪山・山守隊(やまもりたい)の理事を務めていますが、ここでも参加者に楽しんでもらうことを重視して、作業の後は懇親会を開いています。ボランティアにもいろいろな人がいて、重い荷物を背負う人、現地で補修作業をする人、なかには「山に登るのは大変だから下で懇親会の準備をしたい」という人もいます。でも、それでいいんじゃないかと思います。みんな自分のできることを楽しんでやるのが重要だと私は感じます。
登山者は何をすべきなのか?
先ほど体制的な問題として、日本の国立公園はさまざまな人が関わる複雑な仕組みになっているとお話ししました。そこで最近は、大雪山をはじめ、環境省や自治体、観光事業者や自然保護団体、研究者など幅広い層の関係者を集めて国立公園の今後の管理を決めていこうという取り組みが始まっています。活動する内容は、それぞれバラバラでも最低限、情報共有をした上で、一緒にできることはしてゆく。これは、複雑になっている日本の国立公園の仕組みをネガティブではなくポジティブに捉えようという試みだと思います。
では、そのような状況で登山者は何をしたらよいのか? 普段は誰が国立公園を管理しているかなどあまり考えたことがないと思いますが、少しでも関心をもっていただけたらと思います。自分が歩く道を整備してくれているのは、山小屋の人なのか山岳会の人なのかを知るのは登山者として大切ではないでしょうか。そして、山で登山道整備をしている人を見たら「ご苦労さまです」と一声かけてあげてください。先ほども申し上げましたが、それが本当に励みになるのです。
さらに、もうひとつ。登山道の現状や管理状態については、実際に山に行く登山者がいちばん知っています。今はSNSなどもありますので、さまざまな情報を発信して、多くの人と共有することが、これからの登山者の役目ではないかと思います。
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