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子ども安全 登山マニュアル

子どもといっしょの登山は、体力面だけではなく、さまざまな面で、大人どうしの登山とは違ってくる。安全面・本人のやる気など、ケアしなければいけないことはたくさんある。ここでは、どんな箇所に気をつければ良いかを説明する。

安藤真由子・安藤隼人=文 佐藤慶典=構成

 

初めて子どもと行く山

子どもの体力や集中力を親が把握しないまま、いきなり子どもと登山するのは無謀だ。散歩から徐々に慣らしていこう。

親子登山はわが子を危険にさらす可能性があることを充分に認識すること。当然、最初の登山は低山からだ。それもコースの高低差が少なく、2~3時間の歩行時間がいい。

ただし、子どもと歩く場合は通常のコースタイムの1・5倍以上で考えよう。たとえば3時間のコースでも、5時間くらいかかるのだ。

私がおすすめする初めての親子登山に向く山は富士山周辺の三ツ峠や龍ヶ岳、金時山などだ。これらの山はおおよそ歩行時間が3~5時間程度で、高低差も400~600mほど。山頂からの景色がよく、山頂やその周辺に比較的広い場所があるので、シートを広げてのんびりとくつろげる。広場に遊びにきた感覚で子どもも楽しめる。

 


 

高山病

標高2500m程度は準高所といわれ、高山病が発症しやすくなる。2500m以上の高所に子どもを連れていく場合は、ゆっくりと行動させ、水分補給をいつも以上に心がけよう。小学生未満の子どもには睡眠地点の高度が3000m以上は避けたほうがよい。

高山病の症状は、頭痛、胃腸の不調、食欲の低下、めまいやふらつき、睡眠障害など大人と同様の症状として表われる。また、山酔いとも呼ばれ、気持ちの高揚も初期症状として出てくる。子どもの場合はハイテンションで騒ぎだすこともあるので、親が注意深く観察する必要がある。

見た目からわかる症状としては、顔が青白い、手や唇が白紫色っぽいなどがある。そのような症状が見られたら高山病の可能性が高いので、無理をさせず症状が改善するまで高度を下げること。子どものために勇気ある撤退も必要だ。

 


 

水分補給

子どもの体内水分量の割合は大人よりも多い。そのため、一日に必要な水分量は体重1kg当たり、乳児は約150ml、幼児は約100ml、小学生は約80mlだ。大人は約50mlである。

活動中はさらに多く補給しなくてはならない。とくに幼児以下の子どもは「のどが乾いた」という感覚が乏しい、あるいは表現できず、知らない間に脱水状態になっていることもあるので、つねに親の注意が必要だ。一度に大量に摂取すると胃に負担がかかるので、こまめに摂取すること。

登山中に子どもが多量に汗をかいている場合は、汗と一緒に運動に不可欠な電解質を失っているので、ポカリスエットやアクエリアスなどの電解質飲料を飲むといい。ただし糖質が多いので少し薄めて飲ませよう。

電解質が多く含まれた経口補水液も販売されており、脱水症状になった場合はこれを用いる手もある。

 


 

食料補給

空腹を我慢させることは精神鍛錬になるかもしれないが、大人と子どもの構造的な違いは知っておこう。成人男性の基礎代謝量(生命活動の維持に必要なエネルギー量)は1日約1500kcal、成人女性は約1200kcal。

これに対し、乳児は約700kcal、幼児は約800kcal、小学生は約1100kcal。これに山行で消費するエネルギーを加えると、子どもでも2000~3000kcalは必要となる。

子どもは筋肉量や内臓が未発達でエネルギーを蓄えにくく、大人より早く低血糖を引き起こし、バテてしまう。山用語でいう「シャリバテ」だ。子どもにとって3時間なにも食べずに行動することは、大人にとっての6時間と同じ感覚と思えばいい。

エネルギーは3食でまかなおうとせず、休憩ごとにパンやおにぎり、飴、チョコレートなどの糖質を中心に頻繁に補給させよう。

 


 

テント泊

山で泊まるならテント泊をおすすめする。テントはプライベート空間が保て、狭い空間が親子の距離を縮め、おのずと会話も増える。自然のなかで寝る感覚も味わえる。

子ども連れのテント泊は軽量化が重要だ。重くなるいちばんの原因は食料。アルファ米などを利用する、あるいは食事だけ山小屋を利用するなど荷物の軽量化を図ろう。小学校低学年までだと1人用テントとひとつの寝袋でいっしょに寝られるので、通常のテント泊山行とあまり変わらない。

しかし、高学年以上だと寝袋とマット、テントも大きいものが必要だ。これに着替えなどを加えるとさらに重くなる。高学年にもなれば荷物は持たせられるが、子どもがバテたときは、親が子どもの荷物を持たなければならない。相応のサイズのザックに加え、それを担げるだけの親の体力も要求される。

 


 

登山靴

日帰り登山程度であれば、普段の運動靴でもいいが、アルプスなど岩場の多い山では登山靴のほうがおすすめ。防水性だけでなく、ちょっとしたケガも防いでくれる安心感がある。

しかし親からしてみれば、すぐに成長してしまう子どもに、高価な登山靴を買うのはもったいない気もする。登山靴には幼児に合うサイズが少ないことや、大きめの登山靴を履かせたとしても、体に対して靴が重すぎることがあるので、運動靴でもいいだろう。山行回数が年に1~2回と少ないのであれば、登山靴のレンタルを利用する手もある。

子ども用はサイズが1㌢刻みのものが多く、合わないとマメや靴擦れができてしまうので、靴下の厚さで調整しよう。また、体の大きさに対して歩幅が大きいのもマメや靴擦れを誘発する。山歩きは小股でという基本を教える必要がある。

 


 

低体温症

中学生以下は体温調節機能が未熟で気温の影響を受けやすいが、自覚症状に乏しく、自分の症状を表現できないのでやっかいだ。とくに寒冷に対して抵抗力が少なく、低体温症の危険性が高い。頻繁に子どもの体温を計ろう。

低体温症の初期症状は「震え」だ。「震え」が見られたら、エネルギーと水分補給、保温・加温が基本。濡れている衣服は着替えさせる。乳幼児は頭部から熱が奪われやすいので帽子をかぶらせて保護しよう。

「震え」が止まり、ぐったりしている場合は、より状態は悪化している。元気な親が寄り添って加温し、レスキューシートやツエルトをかぶって放熱を防止し、レスキューを呼ぼう。

体温計は必需品。一般の体温計は32~42度ぐらいまでしか検温できないが、20~45度が検温可能なものも発売されている。これは低体温だけでなく熱中症予防にも使える。

 


 

熱中症対策

低体温症の項で述べたとおり、中学生以下は気温の影響を受けやすい。6月~9月にかけ、日差しが強く風もない日であれば熱中症を警戒しよう。日陰の樹林帯を歩いていたとしても、風がなければ、高湿度・高温から熱中症を誘発することがある。

対策として帽子をかぶらせることはもちろん、帽子やタオルを水につけ、頭や首を冷やす。子どもの尿の回数を気に留め、回数が少なくなってきたら要注意だ。呼びかけに対し受け答えがはっきりしない、歩きがふらつくなどの症状があれば、すぐに歩くのをやめて日陰で体を冷やそう。濡れタオルなどで脇の下と足の付け根を冷やすと効果的だ。

稜線ではツエルトなどを張り日陰をつくる。熱中症や脱水症状、低血糖症などは複合して起きやすい。原因をひとつと決めつけず、水分やエネルギーの補給など、考えられる対策を。

 


 

ケガ対策

食料補給の項で述べたとおり、子どもは大人よりも早く低血糖になり、バテやすい。疲れて集中力が落ちると、転倒などしやすくなる。小学生未満であれば、疲れていなくても、よそ見しながら歩いたりするので、転倒は珍しくない。

そんなとき、ちょっとした傷を負っても対処できるよう、滅菌ガーゼやバンドエイド、消毒液などのファーストエイドキットを必ず携帯しよう。また、持っていく飲料水も、ひとつを真水にすると傷口を洗浄できる。

予防策として、注意箇所で声かけするのはもちろんだが、小学生以下の子どもは手をひいたり、衣服を持つ。ソウンスリングとカラビナで簡易ハーネスをつくるなどし、確保しながら登ることもおすすめだ。ハーネスはつねにテンションをかけていないと、子どもが転んだ拍子に自分も引っ張られるので油断は禁物。

 


 

トイレ、おむつ事情

尿は健康のバロメーター。きちんと排尿があることは大切である。排尿がない、またはとても色が濃いときは水分が不足している可能性がある。尿の色を自分でチェックできない年齢であれば、親がチェックしよう。

山ではトイレが頻繁にあるとはかぎらない。我慢させることは体調を崩す原因になるので、どこでもできるように携帯トイレを持っていくことをおすすめする。そして、ゴミはきちんと持ち帰る。

オムツをはいている子どもを連れていく場合、使用後のオムツは時間がたつごとに匂いが気になるので、小分けにできるゴミ袋を多めに持っていくこと。

オムツは意外とかさばるので、一日の必要枚数をしっかり考えておくこと。オムツも種類によって、吸収力や薄さが違う。荷物を少なくするためには、薄くて吸収力の高いものがいい。

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