COLUMN

親子登山安全マニュアル

登山への入門

山は、子どもが自然の世界に興味をもち、のびのびとした好奇心を育て、歩き、体力をつけることができるフィールドです。この自然との楽しい出会いを考えたとき、まずは子どものペースで、山を自由に歩けることが条件になります。反対に、大人の視点から想定したコースタイムをクリアしてピークをめざすばかりの登山では、山が嫌いな子どもになりかねません。

大切なのは、保護者が子どもにペース配分を押しつけないこと。また、決められた道だけでなく、自由に歩けるエリアを選ぶことです。

この「親子登山安全マニュアル」では、小学生の子どもを対象に、登山の楽しみ方や安全対策を紹介しています。子どもの興味をより深い自然のなかへと広げ、親子登山を楽しみましょう。

 


 

変化のあるコースを選ぶ

ピークまでたどる登山らしいコースを選ぶときは、子どもが飽きないように変化のあるコースを選びます。

たとえば、まずは樹林帯からスタート。途中から草原となり、山頂からは大展望が望める。このように、変化のあるコースが理想です。また、歩きながら歌ったり、休憩時間をたくさんとって、くつろいだ時間のなかで自然を感じるのもよいでしょう。

こうした条件から、私(戸高)がおすすめするエリアを紹介します。

ゴンドラ利用での栂つが池いけから白馬乗鞍岳(北アルプス)、富士山の双子山(御殿場市)、九重連山・坊ガツルをベースにしての大船山(九州)などは、子どもも楽しめるでしょう。

しかし大切なのはそこでの過ごし方、登り方です。各地にすばらしい山があります。自分たちのオリジナルの登り方やコースを発見するのも親子登山の楽しみです。

 


 

コースタイムについて

コースタイムについて考えます。ここでは、小学生を低学年(1年生から3年生)と、高学年(4年生から6年生)と大別しますが、子どもの個性に合わせてこれをアレンジしてください。

低学年は、大人の1・5倍程度でコースタイムを考えます。また、1日の行程のうちで、ただ歩くだけの時間は3時間程度でしょう。歩きながら、子どもがなにかに興味をもったら、その好奇心を大切にする「遊びの時間」も必要です。たとえば、景色に感動したら立ち止まる。子どもが虫や落ち葉などを発見したら、それに費やす時間も想定します。

高学年になると、大人と同等に歩ける子どももいるでしょう。コースタイムはやはり1・5倍程度で見積もっておくと安心ですが、大人と同じくらいのコースタイムで予定を立てられる場合もあります。

 


 

登山用の装備をそろえる

少なくとも、アウター(レインウェア)、ブーツ(登山靴)、バックパック(ザック)は登山用に作られたものが必要です。雨や風を防ぐアウターの場合、ビニール製のレインウェアでは汗でウェアを濡らしてしまうので、山では使えません。防水性と透湿性を備えたものを用意します。

ブーツも、日常使いのソールが軟らかいものと比べ、登山用はソールが硬く、不整地で歩きやすいように作られています。バックパックも専用のものは、背中にフィットして背負いやすく、疲労感を軽減できます。ウェア類は、濡れても乾きやすく、保温性に優れた素材が必要です。

これらの装備は、山のなかの快適性だけでなく、子どもの安全性を高める大切なものです。とくにアウターなどのウェア類は、命にもかかわるものなので、大人と同レベルの機能が必要です。

 


 

お菓子類について

お菓子については、いろいろな意見があると思いますが、私(戸高)の場合、お菓子を持ち歩いてもよいと考えています。

その理由は、子どもにとって山でお菓子を食べるのは楽しみのひとつであり、また、山を登るためのモチベーションを上げる効果もあるからです。

たとえば、登山の前日に「明日、山で食べようね」と話しながらお菓子をビニール袋に入れることは、子どもの山への期待感を高めるのに効果的です。

ただし、ずっとお菓子を食べ続けながら登山をしてよいというわけではなく、どの休憩のときに食べるのかというタイミングをはっきりとさせること。またお菓子袋や包み紙などを山に落とさないように教えます。子どもの場合、うっかりゴミを落とす場合もあるので、保護者のフォローが大切です。

 


 

山には危険がつきもの

危険のない山はありません。あるいは、そもそも危険のなかにこそ山の魅力があるともいえます。

保護者はこのリスクを自覚し、そして過剰に安全面ばかりを気にしないで、ときに、子どもの危機回避能力にまかせてみてはどうでしょうか。

子どもが危険を克服することは山というフィールドから得られる経験であり、自信につながっていく貴重な体験です。それに、じつは、急斜面や簡単な岩場などは、保護者よりも子どものほうが上手に登れるシーンがあるほどです。

ただし、子どもが危険に無自覚である場合は、あぶないことを伝えます。また、転倒が即、滑落などの事故につながるような箇所、子どもが怖がって自分で解決できない場面など、本当に危険な場面での大人のフォローは欠かせません。

 


 

気をつけたいケガと病気

登山で最も多い子どものケガは、スリ傷、打撲です。これに備えて、傷を洗うための水、止血に役立つ三角巾、ねんざに備えたテーピングなどは必携です。また、ガレ場や岩場、落石など、頭を打つ危険がある場所では、ヘルメットがあると安心です。これは、子ども向けの自転車用ヘルメットでも代用できます。

熱中症、低体温症にも注意が必要です。体温が上がっても、下がっても、子どもはその自覚が少ないものです。ウェアによる体温調整も保護者がフォローします。

富士山など、短時間で標高3000メートル付近まで登り、そこで1泊する場合は高山病の可能性もあります。標高の高い場所に泊まるときは、小屋に着いたらすぐ休まずに付近を散策すること。さらに、こまめに水分を摂取してください。

 


 

早発早着の原則

朝早くから歩き始め、午後の早いうちに行程を終える。この早発早着は登山の基本ですが、子どもとの登山では、これがとくに重要になります。

というのは、子どもはスピーディな行動ができないからです。

たとえば、カミナリや集中豪雨など、危険が迫ったとき、逃げ足の遅い子どもと一緒では機敏な行動で避難小屋や樹林帯などの安全地帯まで逃げることができないかもしれません。

この危険を予防するためにも、早発ちをして、天気の崩れやすい午後には登山を終えていること。また、行動中になにかあった場合でも、早発早着の予定であれば、日暮れまでに対応をとりやすいものです。

さらに、遠くにカミナリの音が聞こえる場合の対応など、危険の兆候には敏感になることが重要です。

 


 

山小屋・テント泊の魅力

子どもにとって山で夜を過ごすことは、日常とは違う空間を体験できる貴重な時間となります。

山小屋であれば、ランプや薪ストーブなど、空間的な魅力があります。そこでは、山仲間として、大人とふれあえるでしょう。

ただし、夏の人気エリアにある山小屋は混雑する場合があり、その魅力を充分に味わえないこともあります。子どもと一緒のときはハイシーズンの山小屋は避けましょう。

テント泊の場合は、より深い山との一体感があります。

小学校5年生、6年生以上であれば、現在の軽量化されたギアを使って、自分で生活道具一式を背負い、山でのテント泊も可能です。

こうすることで「自分ですべてをやれる」という高い満足感が得られるでしょう。

 


 

子どもが見る山を大切に

山を歩くときは、子どもの興味を大切にします。それは、大人がそのときどきの子どもの発見、楽しみを拾いだし、その感動を子どもと同じレベルで共感できることです。

たとえば、登山道脇にある花に子どもが気づけば、「きれいな花だね。カメラで撮って、あとで名前を調べよう」とか、「この落ち葉を、ルーペで見てみよう」「すごい景色だね」などなど。

予想外に、子どもが「もう、歩きたくない」と言う場合もあるでしょう。そんなときは、「まだ、歩きだしたばかりでしょ。早く歩きなさい」などと無理強いはせず、ふたたび歩きだすまで一緒に休む。反対に、子どもが走りたいときは、大人も走る。

大人の価値観や予定だけで登山を進めることなく、子どもの世界観やリズムを尊重するという姿勢が、親子登山を成功させる秘訣なのです。

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