COLUMN

子どもと見つける 新しい山の世界

子どもが生まれるとできないことが多くなる・・・日常生活でそう感じることはよくある。私も主人も、以前からいろいろなスポーツを行なってきたが、子どもといっしょにできないものが多い。でも、登山は“歩く”ことの延長であり、難しい技術は必要としない。子どもの体力に応じてコースを選択することで、親子で楽しめる最高のレクレーションなのだ。

安藤真由子・安藤隼人=文 佐藤慶典=構成

 

子どもは自然に山へ溶け込む

子どもと初めて登った山は大菩薩嶺。長男が1歳半のときだった。登りと下りは主人が背負っていたが、山頂で長男を降ろすととても楽しそうに岩に登り始めた。自然のなかに入ると、大人よりも子どものほうが「自然」に溶け込む力があるのかな、とそのとき感じた。

これまで、大菩薩嶺、韓国岳、金時山などでの日帰り登山、立山での山小屋泊の1泊登山を行なった。また、テント泊でのキャンプも何度か行った。そして、長男が4歳7カ月、次男が1歳1カ月の2010年9月に2泊3日の縦走を計画し、決行した。

9月の3連休に北アルプス常念岳から蝶ヶ岳までテント泊で縦走。今回は私たち家族4人のほかに、6歳5カ月の子どもがいる3人家族も。ルートは一ノ沢登山口から常念岳、蝶ヶ岳を経て、三股に下山を計画。当日は予定どおり、7時から登山を開始できた。ここから長い登山の始まりだ。

主人は家族3人分の荷物20kg以上を背負い、私は次男を背負った。少しの荷物とベビーキャリー自体の重量も含めて約12kg。いまだによそ見しながら歩く長男には、転倒防止のために、簡易ハーネスをつけ、主人が確保しながら歩いた。

 


 

大人だけの登山にはないもの

長男にはあらかじめ2泊3日の登山を歩くこと、山の上でテントを張って寝ることは伝えた。でも、長男はまだ4歳。どれだけ伝わったかは疑問である。大きく変わるわけではない景色、見えない山頂に向かいひたすら歩く。

でも子どもの発見する力はとてもすばらしい。子どもは遊びの天才といわれるが、ただ歩くのではなく寄り道をしながら歩く。石の段差を飛び越えてみたり、沢に葉っぱを流してみたり、虫を見つけて喜んだり。日ごろ、こんなに長い間いっしょに歩くことはないので、本当にいろんな話ができた。

それでもやっぱり疲れてくるとペースが遅くなる。まだ時計も読めなくて時間の感覚がわからないので、「あと○分」という励ましも通用しない。しかし、そんなときの子どもの励みは「頑張ってね~」という、ほかの登山者からの応援の言葉。何度言われたかわからないけれど、そのたびに子どもは笑顔になった。

見ず知らずの方ばかりなのになんだか温かい。同じところをめざす「同志」に感じるからだろうか。自然が大人にも子どもにも与える課題は同じだが、その受けとめ方は子どものほうが柔軟かもしれない。

 


 

登山は学びの場でもある

山のなかにはスーパーもコンビニもなければ、自動販売機もない。「疲れた」と言っても電車やバスも車もないので、自分で歩くしかない。あるのは自分たちの体力と精神力とザックに入っている物だけ。それは子どもにも充分にわかっているようだった。物の大切さを言葉で教えなくても、自然とわかっているようだ。

途中、霧がかかって肌寒さを感じ、とくに動いていない次男の衣服の調節にはかなり気を使った。私たちが歩いている間、次男は……というとほとんど泣くこともなく背負われていた。半分以上は寝ていたのだと思う。しかしそれでも、沢や風の音、太陽の眩しさや日差し、自然の息吹を感じていたことだろう。

時折見える稜線、そしてそれがだんだん近くなり、ついに山小屋に到達。長男は、一気に疲れが出たのか「抱っこ~」と歩かなくなってしまった。その夜は、今まで見たことがないようなきれいな夕日と星空を見た。

翌朝は8時ごろに出発。常念岳山頂を越え、蝶ヶ岳をめざした。長男は目覚めがわるく、疲れが残っていてテンションも低め。さらに歩き始めすぐに転んでしまい、さらにテンションダウン。

友人家族には先に歩いてもらい、なんとかゆっくり歩き始めるも、コースタイム2時間のところを4時間かかってしまった。このままでは17時になっても蝶ヶ岳ヒュッテに到着できないことになる。私たちは考えた。そして出した結論は、「主人が次男を抱っこし、私が長男を背負う」ということ。

 


 

親子登山で得られる新たな世界

主人も私も、今までの重量にプラス10kgほど重たくなったが、長男が歩けなくなったら、そうするつもりでいた。

「叱りながら歩かせたくはない」。

それは私たちが親子登山をする際の思いだった。長男も決して弱音を吐くことなくここまでがんばったし、次男も本当によくついてきてくれた。だから、ここからは私たちががんばろうと思った。なんとか16時までには蝶ヶ岳に着くことができ、そこで飲んだ温かいスープとカレー、またきれいな夕日に癒された。

夜中から雨が降る、という予報どおり、三日目の朝は本格的な雨となった。この日は下るだけだったが、昨日の長男の疲労度合いを考え、途中までは昨日同様に私が長男を背負うことにした。きっと背負われていると心地いいのだろう、長男もいつの間にか寝ていた。

私は昨日の疲労が取れず、かなりこたえた。歩き始めて2時間。背中でよく眠れたのか、長男が元気になり、雨も上がったのでみんなで歩くことにした。子どもはスイッチが入るとすごい。そこからの3時間はハイペース。ついていくのがやっと、というくらいだった。三股登山口が見えたときはなんともいえない感動だった。

帰りの車で長男が、「山で見た夕日がきれいだったね」と言ったのがとても印象的だった。自然は時に厳しさを与える。でも、その自然が癒してくれることは多い。これからも山に入って、家族の絆を深め、新しい発見をたくさんしたいと思う。

 



安藤隼人
日本登山医学会評議員、健康運動指導士。登山や自転車に精通する。元はスイマー。トライアスロン、アドベンチャーレースも経験。

安藤真由子
夫の隼人氏とは、鹿屋体育大学時代に知り合い研究室も同じ。自転車のロードでワールドカップにも参戦。登山とランニングが趣味。

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