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日本山岳遺産ニュース

涸沢フェスティバルで横尾山荘×日本山岳遺産基金トークセッションを開催しました

9月5日(木曜日)から8日(土曜日)の間、6年ぶりに山と溪谷社の主催で「涸沢フェスティバル2024」が行われました。横尾会場のプログラムでは、5日に横尾山荘×日本山岳遺産基金トークセッションと題して、中部山岳国立公園における山小屋の役割と現状について、横尾山荘代表の山田 直さんにお話を伺いました。国立公園内における山小屋の多岐にわたる活動や、登山道維持の現状、「北アルプストレイルプログラム」の取り組みについてなど、当日のトークの内容をご紹介いたします。

トークセッションで、登山道整備について語る山田直さん

■山小屋の役割について

基金:
山小屋は登山者の宿泊環境を提供するだけでなく、登山道整備や遭難救助活動など多岐にわたり私たちが安全に登山を楽しむための様々な役割を担っていますが、具体的にどのような作業をされているのでしょうか?

山田さん:
本日は横尾山荘にご宿泊いただきありがとうございます。山小屋について、皆さんどのような印象をお持ちですか。まずこちら中部山岳国立公園の地面は国有地、林野庁の管轄。自然公園法による国立公園の指定は、環境省の所管。今日皆さん上高地からいらして、河童橋のところに「特別名勝 特別天然記念物」という看板をご覧になったと思います。上高地、槍穂高連峰は文化財にもなっています。そこに長野県が登山安全条例をかけています。山小屋は民間事業なのですが、国有林の中での利用の拠点として位置づけられ、国立公園の中の宿舎事業、山小屋の事業の認可を受けて運営をしています。

実際には登山者の利用の拠点として宿泊や食事の提供など事業活動をしながら、登山道の維持、公営施設の維持、また安全登山の普及と、要請があれば遭難救助活動にも出動することもあります。そこここに「保安林」「国立公園」「天然記念物」等の看板を見ると、この登山道は国の財政出動で維持が出来ているように思われますが、上高地の河童橋周辺は環境省の所管で国の予算で維持が出来ていますが、その先上流域の歩道、また登山道は山小屋事業者の事業活動の中で今までは維持をしてきたという経緯があります。

具体的にはどのようなことをしているかというと、徳沢から横尾までの間、今年の6月30日から7月1日にかけて豪雨のため梓川が荒れてしまい、山荘等の施設が流れなくて本当に良かったというほどでした。

その後、大きな重機を入れたりして復旧活動をしました。このような仕事は工事の専門家が行っていると思われる方もいらっしゃいますが、横尾山荘のスタッフも行っているのです。通常の維持整備の作業は、毎年計画を立てながら実施しています。上高地から横尾の往来者は年間20数万人といわれていますが、そういった登山者が通れるように登山道を整備しています。

[登山道整備の様子]

左岸歩道 桟道工事の様子①
左岸歩道 桟道工事の様子②

[登山道の災害復旧の様子]

R6年7月の豪雨被害①(作業前)
R6年7月の豪雨被害①(作業後)

R6年7月の豪雨被害②(作業前)
R6年7月の豪雨被害②(作業後)

山田さん:
こういった災害復旧についても山小屋事業者の協力により行われています。

山田さん:
こちらは春の様子です。雪をそのままにしておくと融けるときに道を崩してしまうので除雪作業をします。

山田さん:
雪面に旗竿の設置をします。これはGWの頃。場合によってはホワイトアウトになってしまうこともあり、旗を立てて遭難を防止するためです。

山田さん:
登山道の倒木除去の写真になります。登山道の管理者が明確になっていないことや時間の猶予もないので私たちが行っています。撤去を行う時には事故のないように気を付けなければいけません。倒木の上部ではワイヤーをかけて、順番に小さくして危険の無いように登山道の脇に整然と置いておきます。

基金:
その他にも公園施設の維持も行っていらっしゃるということですが。

山田さん:
こちらは横尾大橋の写真です。平成8年に大水害があり環境省が作った横尾大橋ですが、その後の維持については横尾山荘のスタッフが塗装したり浮いたビスを補強したりしています。

山田さん:
冬季も登山者の入山はありますので、施設を確認するため横尾を訪れ、公衆トイレや冬季避難小屋の点検をしています。

山田さん:
避難小屋の前にドラム缶があり水をひいています。冬に上高地から歩いてくると河童橋のすぐ上にある清水川は一年中枯れないんですね。その次に水が取れるのはここ(横尾)ですので、貴重な水場ということで利用者のために冬も水を絶やさないように出し続けています。

基金:
また、遭難救助にも携わられているのですね。

山田さん:
長野県の統計では昨年(2023年)の遭難は306件ですが、実際にはカウントされていないものも多いです。行動不能になってしまって救助要請するようなケースが増えています。これは準備不足、登山者の体力と登山計画のミスマッチによるものが原因となっています。

レスキューというと長野県警察の山岳救助隊員が担当していると思う人が多いのですが、警察官はシーズンを通して横尾や涸沢に常駐してはいません。利用者が多いハイシーズンのみ警察官が遭難救助対応のために配置され、そうではない時期は最寄りの山小屋が出動要請を受けて対応しています。また、救助はヘリコプターで行われると思われるかもしれませんが、シーズンの半分は雨が降っていたりしますし、ガスが出ていたらヘリは飛べません。ヘリで救助できる時間は限定されているのです。

■北アルプストレイルプログラムについて

基金:
登山者が整備活動に参加することはなかなかできませんが、なにか別のかたちで協力できること、あるいは登山道維持のために気をつけるべき点はありますか。登山道維持の取り組みとして「北アルプストレイルプログラム」があると伺っていますが、詳しく教えていただけないでしょうか。

山田さん:
2020年のコロナ禍に、実際に登山ができるのかどうか危ぶまれていた中で、北アルプス南部地区の山小屋は7月から営業をしましたが、利用者数は過去5年間の平均と比べて30%を切ってしまいました。先ほどよりご覧いただいている通り、登山道の維持は山小屋の事業活動の中で維持がなされていましたので、このままでは維持が出来なくなってしまう。そういったことを関係の行政機関も懸念して何とかしなければいけないと検討が始まりました。

そこで、まずは、登山道の維持の現状を知っていただき、理解をしていただいた上で、登山者の皆さんに協力していただく仕組みが必要ではないか、ということで「北アルプストレイルプログラム」が始動しました。

当初2年間は実証実験として期間を限定して実施し、昨年度本格導入して、今期が2年目になります。今、北アルプス南部から中部山岳全体に拡大をしていこうということで今年度から槍穂高連峰の岐阜県側、それから富山県、立山、室堂、剱までですね、北アルプストレイルプログラムを拡大し始めたところです。

山小屋を利用される皆さんの宿泊料からは、その一部を登山道の維持や周辺の環境保全、トイレの維持等に使わせていただいていますが、最近は日帰りで北アルプスにいらっしゃる方が増えていますので、そういった登山者の皆さんにも広く協力をお願いしたいと思っています。

北アルプストレイルプログラムウェブサイト

■最近の登山者について感じること・利用者の責務について

基金:
安全登山については山小屋の皆さん、そして山と溪谷社でもつねに呼びかけていますが、残念ながら山岳遭難件数は毎年増加傾向にあり、昨年の夏山遭難発生件数・遭難者数とも過去最多となりました。長年登山者を近くで見てこられた山田さんが感じていることはありますか?

山田さん:
以前は山を趣味にしている方は、プロセスを踏んで来られていた。遭難防止の話と重複してしまいますが、今は誰でも気楽に山へ入って来られるようになったと感じます。インターネットで簡単に情報が手に入りますが、山に入られる時には充分な準備をしてこなければ、安全に、本質的な登山の楽しみは味わえないのではないでしょうか。また、今は地図を持っていない登山者が多い。スマートフォンだけでいらっしゃる。登山計画では、地図をしっかり広げて等高線を見たり、地形の変化を見たり、そういったことを出発前にすることも登山の楽しみだと思いますが、その準備段階がないまま山に入られるのでミスマッチが起きてしまうのではないか。ミスマッチを防ぐためにも、より明確にここから先は登山の世界ですよ、というような境界、ボーダーを設ける必要があるのではないか、と思っています。

基金:
上高地から横尾に来る途中に「これより先は『登山エリア』です」と書かれた看板が設置されていました。

山田さん:
ここからが本格的な山なんだ、と楽しみにする気持ちがあったり緊張感もあって、これが山の世界だと思うのです。そういう感覚は山に入られる人でお持ちの方は多いと思いますが、そのような準備がない人に対してはここからが本格的な登山、というしっかりとした表記が必要だと思います。

■山田さんから登山者のみなさんへ

基金:
山と溪谷社および、日本山岳遺産基金では次世代に山岳文化を継承していきたいという思いを大事にしています。一方で、横尾山荘は⻑野県の SDGs 推進企業に登録され、北アルプスの自然を守り、登山文化の継承を推進していくことで持続可能な社会の実現を目指されていくとのことですが、最後に自然を愛し、登山を楽しむ私たち登山者、あるいはこれから登山を始めてみたいという方に伝えたいメッセージをいただけますか?

山田さん:
今日はお聞きになっていかがでしょうか。

やっと来た横尾、利用者の皆さんは上高地でバスを降りて、明神、徳沢、横尾、とやっと来た場所であって、明日の天気を心配しながら今はそれぞれの想いをお持ちでいらっしゃると思います。
ところで利用者の多くの皆さんは、ストックを持っていらっしゃいますが、これは道を維持する者にとって非常に困ったことが起きていることをお伝えしたいです。キャップのついてないストックで地面に穴が開く。そこに雨が降るとそこの土壌が流れてしまう。道がどんどん掘れてしまうんですね。

先ほどの遭難件数の話でもありましたが、もしどうしても使わなければいけない状況でないのなら、是非両手を開けて歩いてみていただきたいと思います。これはとても大事なことで、バランスを養うためには、筋力や歩行技術の向上のため足だけで歩くことは大切です。道を維持するため、必要とするときだけ使うようにしていただければ幸いです。

以前は雪が融けて登山者の皆さんが山に入ってくると、登山靴で道を踏み固めてくれるので道はだんだん浮石がなくなって道が良くなっていったのですが、今は逆にストックを使う方が多いので、だんだん道が荒れていってしまう。石が浮いてしまうんですよ。同じ理由で残雪期に雪が残っていないところではアイゼンやチェーンスパイクはすぐに外す事をお願いします。自然環境を守るために利用者の皆さんにお願いしたいと思います。

また、一つ提案があります。

この涸沢フェスティバルは出版社である「山と溪谷社」が進めていることです。昨今は、インターネット、スマートフォンを見ている時間が増えて、山岳図書を読む時間が少なくなっていると思うのです。是非先人たちが記した図書をお薦めします。山の本を読むと登山活動がすごく豊かになるという気がします。山の本は読み継がれていってほしいと思っています。

基金:
本日はありがとうございました。

■関連リンク
北アルプストレイルプログラム
https://nationalpark-japanesealpstrail.jp/

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